ダウン症の史観と日常の社会変革

先日、外来で刺激的な文化体験をしたので、御披露目します。ダウン症を描く映画に、その時代のダウン症を見る価値観が反映しているとニュースにとりあげましたが、ある御母様が、「先生、映画『わたしはダフネ』を御存じですか」と問われて、知りませんと答えましたら、「ぜひとも観るとよいです」と勧めれました。後日、現時点でその映画を上映している所は、吉祥寺のアップリンクだけ(9月16日まで)と教えてもらいました。観にいきます。

次に、同じ御母さまから素敵な体験を教えてもらいました。以下、その文章を引用します。

我が家から、娘の小学校まで大人の足で1、2分というとても近い距離です。その際、一度、角を曲がります。
角には私の小学校の同級生の実家が建っています。ここのご夫婦は(同級生のご両親)、以前から「ここの小学校は障害児ばかり受け入れて先が思いやられる」と偏見を持っていました。ですが、私の娘も支援級に通っているとわかると、はじめは怖々でしたが、そのご夫婦が話しかけてくるようになりました。
時々、「この子、どこまで話がわかってるんやろ?」といった不躾な質問も飛び出しましたが、私は、「いつも話しかけてくださるおかげで、とても理解が進んでいます。これからもよろしくお願いいたします。」と答えておきました。
あれから四年が経とうとしています。
今ではそのご夫婦は、娘が角を曲がるのを楽しみに待っていて、わざわざその時間帯に玄関口で待つようにまでなりました。娘もそれで、挨拶や自分の意見、その日あったことなどを報告するようになり、滑舌も良くなりました。面白いのは、その角が日付変更線ならぬ、滑舌変更線の役目になっているようで、角を曲がると急に饒舌に、滑舌が良くなる点です。
そのご夫婦も「ダウン症の人って賢いんやなぁ」と、見る目が変わったようです。
はじめに、偏見の目が向けられたときに、こちらが心を閉ざさなくて良かった。そして、本人の成長を見てもらえば、きっとわかってもらえる、と、娘の存在を信じて良かったと思っています。

活舌変更線!愛児クリニックに通ってこられるご家族から、多々教えられる毎日です。(文責:飯沼)