時代精神が及ぼすダウン症児への影響――コロナ肺炎流行下

新型コロナ肺炎流行により、ほとんどすべての日本人の生活に甚大な影響を生じました。その間、ダウン症の人たちにどんな影響が及ばされるかと、できるだけ客観的に状況を見るようにしてきました。果たして、二つの現象にそのような変化を感じ取りました。まず、最初に、普通学級に通学している小学校生徒で、以前から才気活発だった子どもが、学校の授業を脱走したり、友だちに手を出して騒動をおこしたりして、親御さんからどうしたらよいかという相談を愛児クリニックに寄せられる頻度が急上昇しました。毎日、メールで応答をしていますが、いまだに忙しくキーを叩いています。特徴としては、学校教師の態度が上の空みたいに、親御さんと話がかみあわないことがあります。友だちも、以前のように手をつないで交わることがありません(直かの接触を禁じられている)。インクルージョンの精神がコロナ肺炎流行のため、損なわれていると思えます。

第二に、青年期から成人期に生じる無気力化の事例が集中して起こっていることです。いわゆる退行を思わせる生活リズムの破壊ですが、普段なら1か月に1例を取り扱えば間に合うのが、3月以降になって毎月3~4例の面接があるほどに、増えた印象があります。やっかいなことに、過去の事例では十分に配慮した面接を1回すれば、たちまち回復していたのが、今回の事例では、だらだらと長引くのが特徴です。こちらの面接カウンセリングの腕が低下したとは思えないので、現状は、長引く要因が存在しているのではないかと推測されます。

このような普段と違った特徴に直面して、指摘したいのは、時代精神のことです。例えば、第一次大戦と第二次大戦の間の時期に、作家カフカが出現して、不思議な論理の小説が世の中で話題にされました。その頃の歴史の流れを、現在という視点から見ると、意識するしないにかかわらず、第二次世界大戦に向かって一歩一歩進んでいたとわかります。しかし同時代の人たちにはそれを明確に知ることはできません。しかし漠然とした不安の感情が世間を覆い始めていたと考えられます。それを時代精神と呼びます。作家や画家等の芸術家の作品にそれが反映してきます。ダウン症の児、青年たちは、生まれつき周囲の変化に敏感な性格です。彼らのアンテナに、新型コロナ肺炎流行が影を落としていると考えると、つじつまがあいます。当分、ダウン症児青年の学校トラブル、退行には、解決まで長く付き合っていかないといけないと覚悟しました。クリニックに受診していない大多数のダウン症の集団では、現在どういう変化がおこっているのか、あるいはまったくおこっていないのか、興味があります。(文責:飯沼院長)